デッキの背後に構えるやはり竹製の小屋は、皆が宿泊する棟だった。ツアー参加者専用との事で、中には誰もいなかった。入ってみると、ガランとした大きな空間と小さな台所以外は何もなかったが、参加者6人で寝るには充分な広さがあった。トイレやシャワー(らしきもの)は建物の外にあるらしく、小道を少し降りた場所に共同のものがあるとの事だった。
部屋に荷物を置くと、みな思い思いに再びデッキに出てきた。デッキを囲む手摺は申しわけ程度の高さで、床面から30㎝程だろうか、落下防止には全く意味がなさ気だった。只、これが却って、目の前に広がる絶景を堪能するのには好都合だった。床に座っても視界を遮らず、また肘を付くのにも丁度良い高さなのだ。
と、例の女性コンビの片割れのドイツ人の方がデッキ側面の端に歩み寄り、手にしていた物を広げ、その手摺に次々と掛け始めた。
タオル、、、 Tシャツ、、、 ソックス、、、 パンティー、、、
ん、パンティー?
思わず目で追ってしまった清彦は、最後の品目を今一度、目を見開いて確認した。
パンティーだった。
「おい、おい、おい。何考えてんだよ、羞恥心てもんがないのかよ!」
清彦の背後から、浩之が嘆くように言い放った。
只、当の彼女にとっては、下着という役割上の区分ではなく、単に「乾かすべき物」の一つとしてしか捉えていないのか特に気にする素振りも見せず、そのグレーのコットンパンティーは、白日のもとに晒され続けたのであった。
一方、その相方のイギリス人は眺めの良いデッキ正面の端から、縁側にでも腰掛けるように両足を下方の宙に投げ出して、疲れを紛らわす様にブラリブラリとその足を揺らしていた。兄弟二人も真似してやってみると、これが何とも言えず気持ち良かった。もしこの光景をデッキの正面から見たとしたら、足湯に浸かる湯治客のように見えたかも知れない。日が沈んでもしばらくは明るかった空の色が徐々に薄暗く変化していく中、みな何をするでもなく、只、周りの山々をそのまま眺め続けていた。
しばらくして、どこかへ行っていたロンが例の案内人と共に階段を上がって来た。案内人が抱えていた小振りな籐製の籠をデッキの端に置くと、ロンが言った。
「あの籠に飲み物が入っているから、有料だけど良かったらどうぞ。自己申告でね。」
皆で中を覗くと、ミネラルウォーターやコーラの他、シンハービールまで入っていた。
「おぉ、ビールまであるのかよ!」
浩之が嬉しそうに言った。清彦にしても、こんな山奥でビールが飲めるとは思っていなかったし、だからこそ、せめてウィスキーでも、と小さな軽い容器に入れてここまで持参したのだった。他の欧米人4人にしてもこれには驚き、昼間は敢えて控えていたのだろうアルコール飲料に、みな我先にと手を伸ばした。その際にロンが伝えた、割高であっただろう料金にしても、もはや誰の耳にも入りはしなかった。
缶を手にした瞬間に察した中身の温さも気にする事なく、兄弟は蓋を開けて乾杯した。
「グビッ、グビッ、グビッ、ハァ~!」
お決まりの声が漏れた。
山奥で飲むビールの味は格別だった。爽快な刺激が喉の奥を直撃し、今までの疲れも吹っ飛んだような気がした。例のアメリカ人も寄って来て声を上げた。
「Hey,guys,cheers!!!」
しばらくしてソンブーンが階段を上がって来た。手には夕食の食材らしき物を持っている。一方、ロンは台所に立ち、夕食の準備をし始めたようだ。料理はロン一人で作るらしく、手が空いたソンブーンはデッキに戻って、他のツアー客に交じって交流を深めていた。
と、ここで浩之が思い起したように言った。
「きよ、そういえば村人ってどこにいるんだ?まだ見てないよな?」
「言われてみれば、一人も見てないね。」
いつの間にか二人ともツアーの主旨を忘れかけていた。そう、これは山登りのツアーではなく、少数民族の村を訪れるツアーなのだ。実際、この村に着いてからというもの、村人の姿を見ていない。ソンブーンに尋ねようかとも思ったが、既に辺りは暗くなっていたし、明日の朝にでも散歩すれば出くわすだろうと、二人ともあまり気に留めなかった。
因みにラフ族というのは東南アジアに暮らす少数民族の一派で、その多くは中国に住んでいるらしい。黒を基調とした民族衣装をまとった山岳民族だ。二人が既に訪れた首長族のように身体的な特徴があるわけではない。
やがて夕食ができると、ロンが室内に皆を呼び集めた。円卓には、4品ほどの料理が大皿で盛られていた。見た感じかなり地味というか質素な感じの料理で、タイ料理というより、以前食べた事のあるミャンマー料理に近いような印象を清彦は受けた。実際に食べてみると、あまり辛いものはなく、まずくはないのだが味も地味だった。
兄弟は早々に食事を済ませ、またデッキに出て、この期に及んでも残っていた浩之のスナック菓子をつまみに、持ってきたウィスキーでチビチビとやっていた。