やがて、辺りも明るくなると、浩之ともう一人の青年も起き出して、階段を降りてきた。
「二人とも、あの鳴き声の中でよく眠れましたよねぇ。」
「うるさくても、ねむ過ぎて起きられなかったんだよ。」
「おなじく。」
「なんか、今日は7時起床っていうから全然余裕ないなぁって思ってたんだけど、結果的には充分な余裕できましたね。」
「確かにね。」
簡素なタイ風の朝食を済ませた後、出発までの時間は40分程しかなかったが、みな特に身支度の必要もなかったので、また外の階段付近に集まって、村の全景をボーっと眺めていた。
いつしか昨日の子供達がちらほらとやってきて、傍らで遊び始めた。
英語でもタイ語でもない言語を話す子供達と、身振り素振りでやり取りするのも、もう束の間だ。皆で写真を撮ろうかとも思ったが、不完全ではあっても自分の中に直に記憶しておこうと、清彦は思い留まった。
やがて出発の準備ができ、みなそれぞれ、村人達に別れを告げた。
ジーンの車に乗り込む。当たり前だが、今度は子供達は乗ってこない。
村を後にする車をいつまでも見送りながら、少しだけ首を傾けて手を振る首長娘の姿が、なんとも印象的だった。
帰路に就く車の中では、みな村での出来事を振り返り余韻に浸っているようで、さほど会話らしい会話もなかった。また早起きし過ぎた反動もあったのだろう。心地よい車の揺れの中で、ひとり、ふたりと眠りに落ちていった。
ゲストハウスに着くと、二人の従業員が笑顔で出迎えてくれた。ジーン不在時のお留守番的な役割のようだ。
交流スペースで少しだけ談笑した後、今里兄弟以外の三人は、身支度の為に一度、各々の部屋に戻って行った。三人とも程なくして、チェンマイに向かう予定だったのだ。一方、兄弟の方はこの日を予備日として開けていた為、特に予定もない。前日の宿もチェックアウト済みで、今日の宿も決めてはいなかった。スーツケース等の大きな荷物はシーンが迎えに来た時に一緒に車に載せてもらっていた。他に残してきた物もないので、ここから自由に動く事ができる。
一服しながらまどろんでいる兄弟にジーンが言った。
「二人ともシャワーでも浴びていきなよ。」
お言葉に甘え、浩之から先に、廊下奥にあったシャワー室を借りた。
その矢先、他の三人が部屋から荷物を持って出てきた。そろそろ出発のようだ。皆で再び交流スペースに集まり、清彦やジーンも交えて最後の雑談をしていた。
「そろそろ行かないとね。」
一人が言った。
「あれ、お兄さんは?」
「今、シャワー浴びてんだよね。」
「そっかぁ、よろしく言っておいて下さいよ。日本でまた会いましょう!!」
そんな言葉を交わしながら、最後に皆と握手をして別れた。ジーンも三人を空港まで送って行くとの事で一緒に出て行き、交流スペースにポツリと清彦だけが残された。
数分して、シャワーを終えた浩之が廊下の奥から歩いてきた。身に付けているのは例の赤パンのみ。タオルで髪の毛を拭きながら、誰もいないロビーを見渡して言った。
「あれ、みんなは?」
「もう空港に行っちゃったよ。」
「えぇっ! 行っちゃったの? みんな?」
今日の昼頃に三人がチェンマイに向かう事は兄弟とも前日の話で聞いていたが、詳細な時刻までは知らず、正直、清彦にしても、浩之がシャワーを浴びてる束の間にに皆が出ていくとは思っていなかった。
浩之は目線を中に浮かせながら、腰に手を置いて茫然と立ち尽くしていた。
「なんだよ~、行っちゃったのかよぉ~。さみしいなぁ。。。」
落胆したようにうな垂れたかと思うと、浩之は一度上方に目線を上げた。今度は何かに考えを巡らせているように清彦には見えた。
「きよ、オレ達も一緒にチェンマイに行こうぜ!」
突然、意を決したように浩之が言った。
「えぇっ!今から? つーか、間に合わないって、飛行機に!」
「おまえ、タイ航空の時刻表持ってたよな?」
清彦が日本から持って来ていた小冊子の時刻表を渡すと、浩之はこの期に及んで冷静にページを捲り始めた。