「シャラッ、シャラシャラッ、シャラッ。」
清彦は妙な物音で真夜中に眼を覚ました。確かに音がした、ような気がした。寝床のまま耳を澄ませてみるが、皆の寝息以外は何も聞こえない。気のせいかと思って再び眠りに入ろうとした時、また音が鳴った。
「シャラシャラシャラッ、シャラッ。」
この部屋内では無いようだ。
この部屋の薄い扉の向こう側には、家の玄関のような小スペースを挟んで、この家の家族が眠っている台所がある。清彦は起き上がって、暗闇の中、音の出所を探った。やはり扉の向こうからだ。
「おい、おい、シーンさんに言われた矢先に、その泥棒ってやつじゃないだろうな。」
少し不安になりつつ再度確認したそれらの音は不規則で、何やら人が立てているらしい音ではあった。このまま何の音だかわからないのも不気味なので、いっそ部屋から出てみる事にした。扉を開けると、すぐ右手に家の出入り口が、正面には1m程先に台所の扉があり、半分開いていたその扉越に少し中が垣間見えた。
ゆっくりと扉に近づいて中を覗くと、清彦達が寝ていた居間ほどの暗闇ではなく、そこに川の字に寝ている家族5人の姿もはっきりと確認できた。
はて?他に人影もなく変わった様子はない。一体なんの音だったんだろう、と同じ音が鳴るのをしばらく待っていると、横向きに寝ていた首長娘が不意に寝返りを打った。
「シャリン、シャリシャリン。」
あっ、この音だ!と気付くと同時に、清彦は合点がいった。
それは、この村の女性が付けている三連式のブレスレットが擦れ合う音だったのだ。
「そういえば、日中も首輪の方ばかり見ていて、ブレスレットにはあまり意識がいってなかたもんなぁ。ってか、付けたまま寝てるなんて思わねえよなぁ。」
自分の取った行動の無意味さに呆れながらも、音の正体がはっきりした事での安心感も手伝い、清彦はその後、深い眠りに入っていった。
「クワッカ、ルックォーーーッ!」
次に清彦が眼を覚ましたのは、あの鳴き声でだった。鶏が朝一番に鳴くのが何時頃なのか、清彦的には6時前後ではないかとのイメージを持っていた。只、光のほぼ入らない部屋とはいえ、「体内時計」的な感覚では、とても夜が開けたとは思えない目覚めの悪い感じだった。暗闇の中で腕時計の文字盤を四方八方に傾けながら、辛うじて針の位置を確認すると、なんとまだ4時ではないか。まだ外は真っ暗なはずだ。
「なんつぅニワトリだよ。一羽だけフライングか?」
邪魔された分の眠りを取り返そうと再度床に就き、これからノンレム睡眠に移ろうかという直前、また来た。4時半くらいだったろうか。
「クワッカ、ルックォーーーッ!」
その第二陣を皮切りに、今度は複数の鶏が至る所で交互に鳴き始めた。そう、このスタジアム状の村の斜面全体に散らばっている奴らが、である。その津波の様に押し寄せる鳴き声のサラウンド感は想像を絶するものだった。まるで全ての鶏が家の真前で鳴いているかのようだ。さすがに多少の音では起きない清彦も観念し、外で一服する事にした。階段を下りてまだ真っ暗な外に出てみると、既に先客がいた。日本人青年うちの二人だった。
「やっぱ眠れませんか。」
高床から地面に延びる木製の階段に三人で腰掛けながら、取り留めのない話をしつつ、夜が明けるのを待った。
空の色が少しだけ薄くなり始めた頃、向こう側の斜面に建つ民家の屋根から「生活の煙」がひとつ、またひとつと上がり始めるのが見えた。茅葺のような屋根材の隙間から不規則にくねりながらゆっくりと上に向かう煙。
「日本昔ばなしの世界ですねぇ。」
誰かが言った。
いつしか鶏の大きな鳴き声でさえも、むしろ自然の雄叫びとして、その場に相応しいBGMのように受け入れられるようになっていた。