リーマン・ブラザーズ(3)

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しばらく二人は内輪同士で会話を続けていたが、そのうち、私の隣に腰掛けていた「ロシア人」が左右をキョロキョロ見渡したかと思うと、ふと私に話しかけて来た。

「Ahhh,,,,m.Dou you know any interesting bar or restaurant aroud here? 」

「What kind of ?」

私が聞き返すと、彼は少々声量を抑えて続けた。

「With beautiful girls or somthing like that.」

<なるほど、そっち系の店ね。>

私は、自分が東京からの観光客であり、その手の店には詳しくないとの旨を伝えた。
気を利かせてバーテンにも私の方から小声で聞いてみたが、彼らもそういった店には興味が無いようで、せいぜい外国人がよく集まるバーの情報くらいしか得られなかった。

そのうち彼は連れの「マット・デイモン」とボソボソ話した後、特に用事がなければこの後、一緒に店探しを手伝ってくれないかと私に言ってきた。
その頃には私自身ほろ酔い状態で少々気が大きくなっていた事もあり、あまり後先を考えずに快諾したのだった。

その後しばらく雑談を続ける中で、どんな仕事をしているのかと私が聞くと、「ロシア人」はこんな言葉を口にした。

「ヌム~ラ。」

ん?いったい何の事を言っているのだろう。
似たような言葉を思い巡らしていた私に男は続けた。

「ヌム~ラ。アー、レイマン・ブラザーズ。」

<なになに、レイマンって、あのリーマンか?>

と思ったあたりで、ピンときた。

<なるほど、ヌム~ラって、野村証券の事か!>

思えば、金融危機の引き金ともなったあのリーマン・ブラザーズ、後にそのアジア支社の多くを野村証券が買収したというような内容の記事を新聞で目にしていた事を思い出し、合点がいった。
元リーマン・ブラザーズ日本支社社員にして、現野村証券社員という事なのだろう。

「オ~、オ~、アイ ノウ。ノム~ラ。アイ スィー。」

更に話を聞くと、彼らは会社の同僚でバカンスで遊びに来たらしい。

<バカンスって、何でスーツなんだよ?!>

また国籍を聞いてみると、「ロシア人」の方はスイス人であり、「マット・デイモン」の方はオーストリア人だと言う。

<おい、おい、それはウソだろう!>

「マット」の方はさておき、「ロシア人」に関しては、顔付きもさることながら、「R」の発音時の独特の舌の巻き方をとっても、彼は典型的なロシア人で、とてもスイス人のイメージとは程遠かった。まぁ、そこを突っ込んでも失礼かと思い、そのまま他の話を続けている間に、ふとある事に気付いた。

<な、ないっ!!!>

なんと、グラスを持った「ロシア人」の右手の薬指は第2関節から先が無いではないか!

< ロシア、スイス、リーマン、失われた薬指 >

< マフィア、金融、損失、ケジメ >

一気に暗黒のイメージが私の頭の中を旋回し始めた。

<マズイぞ。ロッ、ロシアでは小指じゃなく薬指切られるのか。>

様々な憶測が頭をよぎる中、平静を装いながらも、さっき約束した、連中のお目当ての店探しを手伝うという一件をどうか忘れてくれるよう、心の中で祈った。 

、、、のも束の間、男は席を立ちながら、両手を大きく拡げながら言い放った。

「オウケ~イ、フレ~ンド。レッツ ゴウ フォー スィーキング パラダ~イス!」

私の内心とは対照的に、何やらワクワクし始めたような様子の二人を見て、余計に不安が増してきた。

<ヤッば~。このまま拉致られたらどうしよう。頃合いを見て途中で逃げ出すか。>

会計をそれぞれに済ますと、心配そう(?)に見送るバーテン達を横目に、私は連中と共に店を後にした。

店を出て目の前の先斗町の小路を歩き始めると、最初こそ私が先頭を歩いていたが、店の客引きを見付けるや否や、二人は私を追い抜かし、率先して店員に英語で話しかけるのだった。

「ア~、ガール?ビューティフル・ガール?」

「ノー。ジャスト・ア・レストラン。」

明らかにソレ系の店ではない単なる飲食店の呼込みにも彼らは見境なく声を掛け出す始末で、その積極的な姿勢を見て、私はある意味、感心すらしてしまった。

しかし、どうやら先斗町には日本人の私から見ても、一見それと思しき店は見当たらず、続いて木屋町通りの方に足を運んだ。またも彼らが先陣を切って客引きに声を掛け出し、店員が返答した内容を私が通訳しては彼らに伝えるというサイクルが繰り返された。

(次のページに続く)

       
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