翌朝も、はるばる田舎道を歩いてナイハーンビーチに向かった。二人とも口には出さなかったが、ある意味、この道に親近感のようなものを抱き始めていた。アップダウンが激しく砂埃の舞う道、でも何か少年時代を思い出させるような、懐かしさに似た感情を抱かせる道。
ビーチに着くと、前日とは場所を変えて、奥の岬寄りの場所に陣取った。ポンはその日、仕事が休みだと言っていた通り、例の売店に姿は見えなかった。
昨夜、町で買ったワインを開けて飲んでみたが、美味くなかった。味そのものは悪くないのだが、普通に考えて、気候的に合わない。冷静に考えれば、35度を超える炎天下の海辺で、ワイン、しかもぬるい赤ワインが合うわけがなかった。
「海でのワインは厳しいものがあるなぁ。。。」
浩之がポツリと言った。
「ラム・コークなんか飲みたいねぇ。」と清彦。
「おぉ、ラムか。いいねぇ。どっかでボトル売ってないかなぁ?」
日本人的な考えだった。そこらに酒の販売店があり、しかも扱う種類の豊富な日本と違い、店で飲む以外でスピリッツ類を、しかも瓶で手に入れるのは容易ではない。
「ヨットクラブ近くにあったレストランなら手に入るかも。」
と、海に背を向けて歩き出した清彦に後ろから浩之の声が飛んできた。
「きよ、ついでに氷もな!」
浜辺から歩いて2分程、まだ準備中の小さなレストランの中を覗き、バーカウンターの内側にいる男に声をかけた。
「口の開いたものでもいいから、ラムを瓶ごと売ってくれないかな?」
「え、瓶ごとかい?」
一瞬、戸惑った様子を見せた後、仕方ないといった面持ちで首を傾けながら、
「オーケー。じゃぁ、このビンを持って行きな。」
と、半分程中身が残っていたラムの瓶を手渡してくれた。
清彦は千円相当のバーツを渡しながら、更に付け加えた。
「あと、できれば、氷も分けてもらえないだろうか?浜辺で飲みたいんだ。」
こちらに関しては、おやすい御用とでもいった感じで、すぐさま、大きなビニール袋にかなりの量の氷を詰め込んでくれた。
礼を言って店を出ると、体に降り注ぐ日差しの強さに、改めて自分がタイにいる事を実感した。
浩之の元に戻ると、先程の飲みかけの赤ワインは一向に減っておらず、うだる様な暑さの中で、既にホットワインと化していた。
「おぉ、ラム、あったぁ!? 氷も充分だな。」
近くの売店で調達してきたコーラを混ぜ、二人してちょっと濃い目のラム・コークをグビグビと喉に流し込んだ。
格別に美味かった。
更にライムがあれば完璧ではあったが、氷の冷たさと、喉にぶつかるコーラの爽快な刺激、鼻に抜けるラムの香りの余韻、これらの組みわせだけで、二人の高揚感を高めるのには充分だった。
目の前に拡がる海は穏やかで、時折、体の火照りを冷やしに入ったトップレス女性達の話声が微かに聞こえてくる以外は、波の音しかしなかった。
「きよ、この旅行、逆ルートの方が良かったかもな。ずっとここに居たくなってきたよ。」
「確かにねぇ。これから秘境に向かうに連れ、こういう快適さからはどんどん遠ざかってくんだろうなぁ。」
振り返ってみれば日本出発前、計画の段階では、このプーケットは二人にとって「おまけ」のような存在だった。
あくまでも少数民族を訪れるというのが主な目的であり、最後の方にそのメインディッシュを持ってくるというイメージだったのだ。
まして、リゾートという言葉にピンときていなかった浩之が、結果的にこれほどプーケットを気に入るとは、本人も含めて想定していなかったのだった。