やがて昼になりチェックアウトを済ませると、大きな荷物は預けたまま、再度、ビーチに戻り、 先程の売店で昼食を取る事にした。 店には10席前後の席があり、主なタイ料理は一通りメニューに揃っているようだった。何品かオーダーすると共に、清彦が付け加えた。
「Super hot please!」
兄弟揃って辛い食べ物が大好きなこともあり、おかしな和製英語によるリクエストがつい口から出てしまった。 カウンター内の料理人が「大丈夫?」 とでも言いたげな表情を浮かべつつも、「OK!」と口元を上げた。
数分後、出てきた料理は、、、辛かった。
容赦なく辛かった。
目を丸くしながら「辛っれぇぇぇー!」と連呼し、異常とも思える程に汗をかく二人を見て、料理人をはじめ、他に数人いた店員達が手を叩いて笑い出した。
二人にとっては「うまっ!」と言っているに等しかったのだが、連中からすれば、どう見ても、痩せ我慢をしているようにしか見えなかったのだろう。
そんな二人に興味を持ったのか、程なくして店員、とはいっても高校生くらいの男の子だが、 清彦に声をかけてきた。
「イープン?」
ん、イープン? あ、日本人の事か。
タイ語ではイープンと発音するらしい。彼は地元の高校生で、名前はポン。
家の仕事として売店を手伝っているそうで、先程、パラソルを設置してくれたおじいさんが、 彼の祖父との事だった。傍らにいる幼稚園児くらいの女の子は、彼の妹らしい。
ほどほどの会話と食事を済ませた後、浜辺に戻った浩之と清彦だったが、間もなくして、先ほどの高校生ポンとその妹が水着に着替えてやってきた。
どうやら遊び相手になってほしいようだった。海で泳いでいても、近くに寄って来て何やら話しかけてくる。浜辺に戻っても、妹と一緒に清彦にチョッカイを出してくる。
英語をしゃべろうとしない浩之は半ば他人事で、「きよは子供にモテるよなぁ。」と、ビールを飲みながら、横で微笑むばかりだった。二人の遊びに付き合っているうちに、
気付けば清彦の首から下は、浜辺の砂の中に完全に埋められてしまった。
キャーキャーと、声を上げてはしゃぐ二人を見て、どこの国も子供は同じようなもんだなぁ、 と蒸し風呂のように熱い砂の中から、ひとり呟く清彦だった。
只、その兄妹が普通の子供達と違ったのは、その背景だった。
実は二人の父親はそれぞれ違うのだ。
兄のポンに至っては、父親の顔すら知らないらしい。今の父親、つまり妹の本当の父親というのがろくに働かないらしく、結果、 ポンが店を手伝っているのだった。
そんな話をまるで他人事のように、むしろ明るい表情で語るポンを見て、清彦は思った。努めて明るく振舞っているのか、 それともタイでは珍しくもない境遇で悲しむまでもない、という事なのだろうか。
「そういう事って、タイではよくある事なの?」
ポンに聞いてみた。
「うん、周りにも結構いるよ。タイ人は惚れやすいけど、冷めるのも早いから、結果、こういった事になるケースも多いんだよ。でもって、男は中年のなかり早い段階で働かなくなって、 半ば隠居みたくなっちまう。その分、女の人が懸命に働く、という家庭が多いんだ。」
そんな話をしている最中、浩之がふと思い付いたように清彦に向かって言った。
「そうだ、きよ。ポンって高校生だろ?この辺でいいディスコ知らないかなぁ?聞いてみてよ。」
「えっ?」
浩之は、二人が直前まで話していた会話を聞いていなかったようだった。
「あぁ、まぁ、聞いてはみるけど、ちょっと間を開けてからね。」
とは言ったものの、あの純朴で、高校生にしては無邪気な感じのポンが 日本のマセた高校生のように、夜の遊び場に詳しいとは、清彦には到底思えなかった。
しばらくして、先程の少し湿った話の余韻が抜けた頃、それとなくポンに聞いてみた。
「ポンさぁ、今日の夜、兄貴と遊びに出ようと思ってんだけど、この辺りで外国人が集まるようなディスコとかクラブみたいな店、知らないかなぁ?」
「ディスコ? あっ、それならいい店知ってるよ。結構大きくていつも混んでるんだ。入った事はないんだけど。。。」
浩之が清彦に一言加えた。
「一緒に行こうぜって、言ってみなよ。」
清彦がその旨を伝えると、ポンは予想以上に、無邪気に大喜びした。 そんなにディスコに行きたかったのだろうか。 結局、昼食を取った売店の裏に六時に集合、という事で約束をして別れたのだった。