船着き場で待つ木製のボートは細長く、幅は1m弱、長さ7~8mといった感じだった。
緩やかな川を上るに連れ、遠目に見えた山々が少しずつではあるが近づいてくるのがわかる。いつしか周囲には、民家も含め建物が一切、視界に入らなくなった。
「う~ん、それっぽくなってきたなぁ。」
「あの辺の山かなぁ。」
爽快な風を受けながら、2人の期待は徐々に高まっていった。やがて1時間ほど経ち、必要以上にうるさいエンジン音にも耳が慣れた頃、目的の船着き場に着いた。
こちらはもう、乗船した時の船着き場とは違って周りには何もなく、只、船を付ける事ができる河岸、という感じだった。船を降りると、無造作に草や低木が茂る平野が広がっていた。遠目には山並みが見える。
そこから20分程歩いただろうか。小さな店が現れた。そこが昼食を取る事になっているレストランだった。
「こんな所にも店あるんだな。」
「水やら何やらが手に入るのはここが最後かもね。」
そんな話をしながら、ロンの後を追って店に入ると、オープンエアーのテラス席が並んでいた。 その先は庭と言うか、バレーボールのコートが二面ほど入りそうな、森に囲まれた広場のような空間になっていた。
一行が席に着くと、ウェイターがドリンクのオーダーを聞きに来た。当然のようにビールを注文した兄弟に対し、他の四人は皆、グアバジュースだのコーラだののソフトドリンクを注文した。
「なんだよ、みんな飲まねえのかよぉ。」
と、つぶやいた浩之だったが、逆に清彦には、欧米人4人の目線がこう言いたげに見えた。
「こいつら、トレッキングに来ておいて、昼間からビールかよ。大丈夫?」
車に乗った時から感じてはいたのだが、欧米人4人は何か「ノリが悪い」ような気がしていた。個々にボソボソと話す事はあっても、面白おかしい話をネタに皆で盛り上がる、といった空気がない。
かなり主観的ではあるが、今まで接した人々を振り返っても欧米人には陽気なキャラが多かったし、まして今回のような体験ツアーならなおの事、もう少しお互い浮かれた感じでもいいんじゃないのか。と清彦は内心思っていた。
只一方では、楽しかった首長族ツアーのイメージを引きずり過ぎ、知らず知らずにそれと比較してしまっているのかも知れない、とも思うのだった。
考えてみれば今回、日本人は今里兄弟だけだ。
また欧米人同士が交わす会話は「通常モード」の英語であり、ゆっくり・はっきりと話してくれる在日外国人の「親日派モード」の英語とはかけ離れていた。
多少の英会話はこなせる自信があった清彦にしても、聞き取れない言葉だらけで、正直、同じ英語とは思えない程の違和感を覚えた。
やがて数種類のおかずが盛られたプレートとタイ風ヌードルがテーブルに運ばれてきた。
食べてみると、どれも馴染みの味だった。フィンランド人の男が、日本のうどんみたいだ、というような事を、日本人2人にではなく、他の4人に対して小声で話していた。
陰険な野郎だ、と清彦は思った。
日本に関わる話題を、敢えて日本人以外に向けてだけ話しているように感じた。
車内で話した時に聞いたのだが、彼は以前、日本に企業研修生として数年間住んでいた事があったらしい。ハイテク関連の会社寮に住んでいたらしいのだが、そこで嫌な眼にでもあったのだろうか、それ以上の話をせずに話題を変えた。
少しくらい日本語も覚えただろうに、2人の前で一言も日本語を話さなかった。そんな背景があり、彼が日本人に対して好意を持っていないのは薄々感じていた。
では他の3人はと言うと、イギリス人とドイツ人の女性は時折、ひと言ふた言話しかけては来るものの、ほとんどは友達同士ボソボソと話すのみだった。これに対して、アメリカ人の男性は、陽気とはいかないまでも、皆に満遍なく話しかける社交的なタイプだった。
母国では配管工として働いているという彼はマイペースな感じで、時折集団から離れたかと思うと、またフラリと寄って来ては他愛もない話をしていく、飄々とした男だった。浩之にしてもこのアメリカ人とはウマが合うというか話しやすかったようで、片言の英語で会話を交わしていた。
因みに2人は、周りの4人に対して、自分達が兄弟である事を言わなかった。清彦としては一向に構わなかったのだが、浩之が嫌がった。
「そんなのわかっちゃったら、面白くないじゃん。」
と浩之は言っていたが、皆20代前半であろう5人と、30代である自分とのギャップをことさら意識したくなかったのも理由の1つだったかも知れない。