管理人の独創小説 『首長族の宴』

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(11)赤いパンツの男

川で遊ぶ子供達のはしゃぎ様は半端ではなく、その瞳は、本当に、キラキラと輝いていた。

浮き輪や水鉄砲、ビーチボールがあるわけでもなく、ただ、ただ、自然の水の流れと戯れるその姿は、感動的ですらあった。

そんな光景を横目に日本人一行の方は水着に着替え始めたが、そのうち一人が声を上げた。

「かっ、過激っすね、その海パン。真っ赤じゃないっすか!」

浩之に対してだった。

その水着は、いわゆる競泳用で色は鮮やかな赤だった。
競泳用とは言ってもその形は「V」の字型というより横長の「ロ」の字型とでもいおうか、水着というより昔のプロレスラーが履いていたレスリング用パンツを彷彿とさせるものがあった。それを痩せ形で直線的な体型の浩之が履いているのが妙に可笑しかった。

「そうかな? いつもこれだけどね。」

浩之は意に関せず、といった感じで返した。

と、そこにジーンが現れて、小さな目を大きくして言った。

「オ~!ハズカシイネェ~。タイの人、とてもシャイ、ミレナイネェ~!」

みなゲラゲラ笑い出した。

水着に着替え終わった一行が川で遊ぶ子供達に近づくと、やはり浩之の赤パンを見てキャラキャラ笑い出した。でもそれは男の子達だけの反応で、女の子達はみな恥ずかしげに目を伏せているのだった。

川に入った清彦が水中で逆立ちをしてみせると、誰からともなく真似をし始め、仕舞いには、水面に顔を出している子供がほとんどいなくなってしまった。

一方、川上に目をやると、数人の女の子が、少し前かがみの姿勢で両手を動かしている。近付いてみるとそれは、首とリングの間の掃除をしている姿だった。藁のような草をリングの上下に通し、それを両手で引き合いながら、中の汚れを擦り取っているのだった。

1時間くらいだったろうか。不思議なくらい、あっという間に時が過ぎ、やがて村に戻る時間が来た。帰りも同じく「過積載」の状態ではあったが、車の動きが若干軽やかに感じられたのは、子供達が思う存分発散したエネルギーの分だけ、気持ち、軽くなっていたからなのかも知れない。

村に戻ってから夕食まで自由時間となり、今度は一行で例の「よろずや」に行ってみる事にした。先程のおばちゃんがニッコリと笑顔で迎えてくれた。高床式の階段を上がり、商品を物色したが、生活用品ばかりで、これといった物はなかった。

只、おばちゃんが作っているモノが気になった。何かの葉っぱに白いペースト状のものを塗り付け、その上に数種類の木の実のような物を置くと、それを葉っぱでクルクルと包み込み、2㎝角くらいの塊にして並べていた。

「それ、何ですか?」

と聞くと、タイ語なのか、よくわからない言葉が返ってきた。

おばちゃんがその固まりの一つを自分の口元に持っていき、顎を動かしてみせた時点で、みな、一様にうなずいた。

「あっ、噛みタバコね。」

「オレ、やってみようかな。」 

兄弟の他の三人のうち、最もアグレッシブそうな青年が、真っ先に名乗りを上げた。

「オレもやろう。」 

次は清彦だった。

ちょうどその時、店の前を取り過ぎようとしていた小学生くらいの少年が近寄って来て、こうやるんだよ、と言わんばかりに、口をモグモグと動かした後、ツバを吐き捨てた。真っ赤だった。次に、敢えて歯を見せるように唇をニーッと開くと、やはり口の中も真っ赤だ。少年は笑って去って行ったが、その一連のパフォーマンスで、手ほどきとしては充分だった。

「うわっ、なんかスゲぇ。あんなガキんちょでも噛んでいいのかよ!」

名乗りを上げた二人は少し安心して、例のブツを口に放り込んだ。噛んでいくうちに、何やら渋みの強い液体がジンワリと溢れてきた。10秒ほど噛んでツバを吐き出すと、やはり真っ赤だった。何度か繰り返しているうちに、清彦は微妙に口の中が痺れるような気がしてきた。

その後、二人が試してみて感じた「感覚の変化」にはあまり共通点が見られず、

「なんか木の輪郭線がやたらクッキリ見えてきた、ような気がする。」とか、

「若干トリップしている、ような気がする。」だとか、

決定打となるような変化が見られなかった事で、逆に他のみんなは安心したのか、浩之をはじめ、次々とブツを購入して噛み始めた。口の中を真っ赤にしながら、真剣に「変化」を意識する姿をお互いで見合っているうちに、みな笑いが止まらなくなってしまった。

結局、ブツの効果は「何かが変わった、ような気がする」という、非常に曖昧な結論に終始したのだった。

ちなみに、だいぶ後になってわかった事だが、噛みタバコのような例のブツというのは、ベテル・チューイング(betel chewing)と言って、東南アジアをはじめ一部の山岳民族などの間ではポピュラーな習慣らしい。原料の一部・ビンロウジュにはアルカロイド成分が含まれ、興奮性の麻酔作用があるとも言われている事から、清彦をはじめブツを実際に噛んだ連中の感想も、あながち当たらずも遠からず、といったところだったのかも知れない。。。

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