リーマン・ブラザーズ(2)

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その後はバスで京都駅まで戻り、ロッカーに入れていた荷物を引き上げ、そのまま予約していた三条河原町のホテルに向かった。
部屋でシャワーを浴びた後、フロントでもらった観光案内図を見てみたが、特に行きたい所もない。清水寺、金閣寺、龍安寺、今まで何度となく訪れてきた観光名所には今更足を向ける気にならず、当てもなくホテル周辺の街を散策した。

夕暮れ迫る街角には会社帰りのサラリーマンや主婦・学生らが行き来し、そんな普段着の京都が、私には却って新鮮に感じられた。

ノープランを前提にしていた今回の旅の中で、私が唯一事前に決めていた予定は、鴨川の畔、先斗町にあるお気に入りの店を訪ねる事だった。

私は京都の中でも特に先斗町が好きだ。

「町」とは言っても実際には通りの呼称で、三条通から四条通まで鴨川と木屋町通の間を南北に走る、長さにして400m程の小路だ。幅2mあるか無いかの狭い石畳の路は、夜にもなると飲食店の店先に灯るやんわりとした無数の灯り達で情緒的に浮かび上がり、花街としての歴史も相まってか独特の艶やかさも感じられる。
そんな先斗町で、京都を訪れる際には私が必ず立ち寄る飲食店があった。

「ぽんと」 と 「バー・アトランティス」 である。

「ぽんと」は鍬焼き串料理がメインの居酒屋風の店だ。鍬焼きというのは、大きな鉄板の上で醤油とみりんのたれにつけた肉や野菜等を焼く料理で、それらの具材を鍬のような調理器具でもって押さえ付けながら焼く事から、その名前が付いたらしい。

この店を最初に訪れたのは15年程も前、1人で京都を訪れた際にたまたま入ったのがきっかけだった。
先斗町には珍しくオープンというか、誰でも気軽に入れるような気さくな雰囲気があり、吸い込まれるように入って行った記憶がある。
鍬焼の、特にたまねぎの香ばしい美味しさもさる事ながら、コの字のカウンターは1人でも気兼ねなく居座れ、たまに外国人観光客等もふらりと入ってきたりする。いつの間にか知らない人同士が杯を傾け合うといった風景も珍しくなく、私自身、今までこの店を訪れて他の客と話さなかった事の方が少ないくらいだった。また奥にある1段上がった座敷の向こう側には眼下を流れる鴨川が垣間見え、さながら屋形船にでも乗っているかのような気分にもなる。

続いて「バー・アトランティス」。こちらもやはり15年程前「ぽんと」で腹を満たした後に「1人2次会」の店としてたまたま入ったのがきっかけだった。
「ぽんと」とは違い、さすがにバーというだけあって、表からはどんな店内か分かりずらく決して入りやすくはなかったが、四条河原町側から先斗町を歩いて行く中で、最初に「BAR」という文字が飛び込んで来たのがこの店だった。
7人程で満席になるカウンター席がメインの細長い店内は、奥に若干のグループ席もあり、その先には鴨川を見下ろす屋外のテラス席もあって夏場は納涼床として賑わうらしい。

この店で印象深いのは、バーテンダーのコミュニケーション能力の高さだ。常時2~4人いるバーテンダーは手を動かしながらも、常にお客の誰かと話をしている。狭いカウンター内のスペース故か、カウンター席の着座位置とバーテンダーの立ち位置とが非常に近く「話さないと不自然」というシチュエーションも手伝っての事かも知れないが、いずれにせよ、1人で飲んでいても全く飽きる事のないバーだ。

そんなアトランティスに、例によって「ぽんと」で散々鍬焼を食べた後で、今回も寄ってみた。
ここ数年は京都を訪れる機会もなかった事もあり、ドアを開けて店内を見渡しても、知った顔のバーテンダーはもう誰もいないようだった。
自分以外の客はまだおらず、少々躊躇しながらカウンター席に腰を降ろした。その時点では1人だけだったバーテンダーは最初のうちこそ必要以上の話をしなかったが、そのうち互いに打ち解けてきて、いつしか店内に二人の会話だけが響き渡る状態になっていた。

やがて6時を回ったあたりからお客が1人、2人と増え出し、7時になる頃には、カウンターの数席を除き、ほぼ満席状態になっていた。その頃にはバーテンダーも3人に増え、客との会話の頻度も高まり、カウンター席の客全体が同一グループではないかと思える程に和気あいあいとした雰囲気になっていた。

そんな中、ふと新たに客が入って来た。身長190㎝近くあろうかというスラリとした西欧系の外国人男性、二人だった。1人はロシア系というか、喩えるなら映画「アルマゲドン」に出てきたロシア人宇宙飛行士のような顔付きで、年の頃は40代半ばといったところだろうか。もう1人の方は、俳優のマット・デイモンとジュード・ロウの顔を8:2の割合でブレンドしたような面持ちで、年は若干連れの「ロシア人」より若く見えた。

二人はコートをハンガーに掛けると、私が一席ずれた事でできた2席に腰掛け、「Thank you.」と私にほほ笑みかけた。二人とも地味な色合いながら、かなり仕立ての良さそうな高級感溢れるダークスーツに身を包んでおり、只ならぬハイソな雰囲気を醸し出していた。やがてそのうちの1人がバーテンに向かって英語でドリンクのオーダーをすると、バーテンも慣れた感じで流暢な英語で受け答えした。

(次のページに続く)

       
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