管理人の独創小説 『首長族の宴』

Foovoowoo Japan 日本語Foovoowoo Japan 中文Foovoowoo Japan EnglishFoovoowoo Japan FrancaiseFoovoowoo Japan Espanola

(25)旅の終わり

朝六時くらいだろうか、部屋の中でゴソゴソと物音がし出し、やがて、例のアメリカ人がデッキに出てきた。トイレに行くのだろう。階段の方に向かいながら、二人に声を掛けてきた。

「Good morning,guys.Did you enjoy last night?」

昨夜の出来事を知ってか知らずか、意味深な笑みを浮かべながら、彼は階段を下りていった。

空が更に明るんでくると、清彦は少し不安になってきた。
この状態で山を降りられるだろうか、と。

朝食の後、といっても二人は朝食を抜いたのだが、村人の元を皆で訪れた。
耳たぶや下唇に小皿のようなものを埋め込んだ女性、他にも、首長族ほどではないにせよ、これぞ少数民族と呼ぶに相応しい少々奇妙な出で立ちの女性など、とにかく無数の笑顔にもてなされたはずなのだが、この辺の記憶が断片的にしか残っておらず、帰国してから、ラフ族の村に行って来たと、胸を張って言える自信は清彦にはなかった。

その後、荷物をまとめ、いよいよ下山となった。下りの山道は登りよりも遥かに歩き易く、「酩酊」状態の二人には救いだった。重力に身を任せ、膝のクッションだけに集中していればいい。胃の中が空っぽだったのもむしろ身軽で良かったのかも知れない。
そのうち、ロンが何気なく二人のもとに寄ってきて、目配せをしながら、自分もかなりシンドイ、というようなジェスチャーをしてから、足早に二人のそばを通り過ぎて行った。

山肌を一時間ほど下っただろうか。予定に入っていた滝に到着した。落差5mほどで小さなものだが、滝壺の周りがゴツゴツした岩で囲まれた、水遊びが似合いそうな滝だった。ここで30分程休憩との事だったので、二人はすぐさま水着に着替え、迷う事なく滝壺に飛び込んだ。もちろん浩之は例の赤パンだ。

さっきまで廃人のようだった二人がはしゃぐのを横目に、欧米人4人は水面に近づきもせず、只々、出発の時間になるのを待った。

程なく滝を出発し、更に一時間程下ったろうか。意外に呆気なく麓付近まで辿り着いた。乾いた土の大地が広がり、未舗装だが車も入ってこれそうだ。ここからは最後のプログラムであるエレファント・ライドで、象の背中に乗って一時間ばかりゆっくり進む事になっている。既に皆が乗るはずの3頭の象が用意されていた。ロンとソンブーンは迎えに来ていた車で先に到着地に行って、一行を待ち受けるらしい。

デコボコの大地の段差がちょうど象の背丈ほどになっている所が、象の乗り場になっていた。象の背中には二人乗りの椅子が括りつけられている。板の上に薄いクッションを敷いた座面と横側にちょっとした手摺が付いただけの椅子で、象の乗り心地は想像できないが、椅子の座り心地が悪い事だけはほぼ間違いなさそうだ。

欧米人4人に続いて、兄弟も乗り込んでみると、やはり座りが悪い。何よりしっかりと掴める物がない。仕方なく横の手摺を掴むが下過ぎでほぼ意味が無かった。

納得したポジションを取れないまま、象は動き出した。前面に延々と続く乾いた土の道を、調教師のムチで叩かれながら、ゆっくりと進んだ。案の定、椅子の座り心地は悪く、10分もしないうちに尻が痛くなってきた。たまに象が道の端に寄ると座面が傾き、危うく落ちそうになっては足を踏ん張る事の繰り返し。この状態で一時間はきつい。しかも、調教師が事あるごとに象をムチで叩く。傍から見たら、動物虐待に近い。清彦は、叩きすぎて象が発狂してしまったら、二人とも振り落とされてしまのではないかと、内心ヒヤヒヤしていた。炎天下の中、早々と象の背中に飽きてしまった二人は、もう二度と象には乗らないと誓ったのであった。

一時間後、象を降りる場所では既にロンとソンブーンが待っていた。只、往路同様のワゴン車の他にもう一台普通のセダンが止まっていた。ロンに訳を聞くと、実は兄弟二人以外の参加者は2泊3日のツアーらしく、ここから他の部族の村を訪れるらしい。つまりここから二手に別れ、兄弟のみチェンマイに帰るという事だった。ロンとソンブーンはガイドとして先のツアーにも同行する為、兄弟二人は運転手とともに帰路に付くことになる。最後に二人は、ソンブーン、そしてロンと固い握手を交わして別れた。

車に乗ってしまうと、セダン車だった事もあり、空港から市街地に向かうタクシーにでも乗っているような気分になった。不思議なもので、あんな山奥の村についさっきまで滞在していたという実感が、急速に薄れていった。
昨夜の「不眠」を取り返すかのように、二人ともチェンマイまでほとんど目を覚ます事なく眠った。
数時間後、運転手に起こされた時には、清彦はラフ族の村での一夜がまるで夢であったかのような錯覚に陥った。全身に僅かに残る倦怠感と、土にまみれた靴だけが、一連の出来事が現実であった事を教えてくれた。車を降りた二人を、チェンマイの喧騒がもてなし、排気ガスが頬をなでた。

二人はホテルに戻り、緑に囲まれたプールで一日中のんびりと時を過ごした。先ほどまでの出来事を振り返るのには相応しいひとときだった。もう二人とも旅を充分に満喫し、やり残した事もなく、後は残された滞在をゆっくり楽しみたいという気分になっていた。

結局、予備日としていた翌日も何をするわけでもなく、二人はホテルでのんびりととびの余韻に浸った。プーケットのホテルで味わった極上のリゾート感とは似ても似つかなかったが、プールサイドのデッキチェアーでギンギンに冷えたカクテルで喉を潤すだけで、この時の二人は充分、リゾート気分に浸る事ができたのだった。

ナイハーン・ビーチで出会った高校生ポンは今頃どうしているだろう?

メーホンソーンの首長族の子供らは、その後もジーンさんに川遊びに連れて行ってもらっただろうか?

ラフ族ツアーのガイド・ロンは、あの酩酊状態で残りのガイド業務をそつなくこなせただろうか?

今里兄弟は、ふと今回の旅で関わった人々の事を次から次へと思い巡らしながら、プーケットほど強くはないチェンマイの、程好い日差しの下で、二人していつしかウトウトと眠りに落ちていった。

・・・あれから15年、2010年の今となっては、あの旅も遥か遠い昔の出来事になってしまった。

その間、清彦はプーケットを何度か訪れてはいるが、ナイハーン・ビーチのあの売店に当時高校生だったポンと思しき青年の姿はなく、むろんビーチパラソルのおじいさんの姿も無かった。

そして、赤いパンツでメーホンソーンの街を闊歩していた浩之も、今はもう別の世界に旅立ってしまっている。

永遠に輝く、思い出という世界に。。。

foovoowoo 兄弟の影

この取り留めのない素人小説を、今は亡き、我が兄に捧ぐ。

Copyright (c) 2010 Foovoowoo Japan