管理人の独創小説 『首長族の宴』

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(22)「So hard...」

40分程歩いただろうか。やがて平地から山道に変わり、足元も徐々に歩きにくいデコボコの道になっていった。と共に、地面の水分が多くなり、滑りやすい場所が増えてきた。浩之のローファーが時折、ズルッと音を立て、20㎝程の引っかき傷を山肌の至る所に残していった。それにしても凄いのは、あのビーチサンダルだ。あんなに荷物を持っているのに、スイスイと平気で登って行く。おじさんにとってビーチサンダルは、足裏の皮のように一体化しているのかも知れない。

更にアップダウンの激しい道が続き、やがて視界を遮る草木を手で掻き分けながら進むようになった。半袖の腕にはいつの間にかできた擦り傷が増え始め、ジャングルの中をさまよっているような気分にさえなってきた。もはや「道」の痕跡はない。ここでもし、あの案内人とはぐれてしまったら、365度、どちらに進むべきか全く見当も付かないだろう。

そのうち、突然視界が開けた。

小川だ。

川幅は3mくらいだったろうか。川としては細いが、飛び越えるのは無理な幅だった。水深は見た感じ10~15㎝程だが水面から顔を出す岩も無く、これまた靴を濡らさずに済むような深さでもなかった。

「参ったな。」

浩之がつぶやいた。

ずぶ濡れになった靴が一晩で乾くはずもなく、まして浩之のスウェードのローファーはなおさらだ。これからの長い道のりを、あの何とも言えない、湿った靴の不快感と一緒に歩き続けるなど、到底考えられなかった。仕方なく一行は、靴とソックスを脱いで素足で川を渡った。但し、あのビーチサンダルのおじさんを除いてではあったが。

前日に雨でも降ったのだろうか。その後も所々に石清水が湧き出る水気の多い斜面を、みな慎重に歩き続けた。そのうち会話も交わす言葉も少なくなり、やがて、ハァ、ハァ、という世界共通の息遣いだけが、唯一の調べとなっていった。山中の気温は麓より若干低くは感じられたが、やはり暑い。持参した飲料水の量も見る見る減って行った。

この辺りになると個々の歩くペースにもだいぶ開きが出てきて、先を行く案内人が皆の様子を見て立ち止まる頻度も多くなってきた。案内人と、安全の為に最後尾に付いているロンとの距離は、アコーディオンのじゃばらの様に延びたり縮んだりを繰り返した。

そんな中でも、遠くの山まで見晴らせる視界の開けた場所に出くわすと、みな溜めていたものを吐き出すかのように大きな歓喜の声が上がった。そんな時の表情もまた世界共通だった。

そうこうしながら、やっとの思いで一行が村に辿り着いた時、既に太陽は山の向こう側に隠れていた。4時近かったのではないだろうか。

「So hard... .」

アメリカ人の男が腰に手をやりながら、大きく息を吐き出して言った。

彼は以前アメリカンフットボールをやっていたらしく、体力にも自信があったのだろうが、予想以上にきつかったようだ。

「ほんとの山奥だな。」

つぶやいた浩之の薄茶色だったTシャツは、汗に濡れてこげ茶色に変わっていた。

「しっかし、兄貴もよくローファーで登ったよなぁ。」

「あのおとっつぁんには勝てねぇって。」

到着した村は山の中腹にあり、その周囲もまたいくつもの山に囲まれていた。斜面が複雑に入り組んでいて、下方を見ても、自分達がどこを通って来たのか見当も付かなかった。

斜面を部分的に切り崩して建てたような高床式住居が数軒あるが、広場の様なスペースがほとんどなく、村の全体像を一つの視点から把握する事はできそうもない。一行はその中の一軒に招き入れられた。高床式住居の柱のみが立つ一階部分には、猪の赤ちゃん、俗に言う「ウリ坊」が、放し飼いにされていた。親の猪はいないようだが何処だろう。その辺から飛び出て来て突進されたら堪らない。若干不安がよぎった清彦だったが、疲れて気にする余裕もなく、そそくさと木製の階段を上った。その上は、3m×5mほどの床が竹で組まれたデッキになっていて、ここからの景色は素晴らしいものだった。周囲の山々が一堂に見渡せる、まさに小さな展望台だ。

「フゥォ~ゥ!」

また皆の歓喜の声が上がった。

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