驚きの実話 「福笑い」

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今から十数年前の学生時代、私は「飛鳥」というクルーズ客船でアルバイトをしていた事がある。
飛鳥は、全長約193m、総トン数は約29,000トンと、 当時の日本船籍の客船では最大の豪華クルーズ客船だった。
当初、日本ではクルーズ文化は根付かない、と世間一般では冷やかに言われていた中、 日本郵船が赤字覚悟(?)で果敢に挑んだ一大プロジェクト、それが飛鳥だった。

今思えば、日本郵船という会社も先見の明があったのかも知れない。デビュー当初こそ、一部の世界で話題になった程度だったのが、 やがて、海外でのクルーズ体験で船旅の味を占めた富裕層をはじめ、新婚旅行や定年退職後の夫婦旅行など、クルーズ客船での旅は、 日本でも徐々に幅広い客層に受け入れられるようになっていった。10年以上が経った後には、私が乗船していた < 初代 > の飛鳥よりも遥かに大型の後継船「飛鳥Ⅱ」の誕生へと、 その流れは発展して行ったのだった。

さて、船の上で私は何をしていたのかというと、カジノ・ディーラーだ。

カジノとはいっても日本の法律上は認可されていない為、 実際には、お金を賭けるのはなく、あくまでも遊技代を頂き、獲得チップ数に応じて、写真立てやボールペン等の 「ASUKA・オリジナルグッズ 」 を記念品としてプレゼントするという、言わばお遊び的なもの。
船上の一角に設けられたゲームコーナーで、お客様相手にルーレットやブラック・ジャック、バカラ等の ゲームを進行する業務だった。

そんな飛鳥に、一週間程の短期国内クルーズで乗船した時の事。
季節は初夏。そのクルーズでは、出港地の東京から、 お客様の乗船地である名古屋までの区間は「空」、つまりクルー(船員)のみでの航行だった。
このような夜、飛鳥の船内では決まって、 船員だけのクルー・パーティーが催され、無料で振舞われる酒類を皆こぞって浴びるように飲んで騒ぐ、というのが習わしのようになっていた。

船が東京を出港した後、航行する太平洋上のデッキから、沈み行く夕陽を背景に黒く浮かび上がる雄大な富士山を眺めながら、 爽やかな風が吹き抜けるデッキでしばらくのんびりしていた。その日は仕事もオフの為、自由に過ごせたのだ。

やがて日も暮れて夕食時になり、同じ仕事の仲間達と船員食堂で食事を取った。仲間というのは同じカジノ・ディーラーとして乗り込んだ、 平池くんと高山さんの二人だ。食事の後、少々部屋で休んでから、パーティー会場であるクルー・バー(船員専用のバー)に向かった。

バーに近付くに連れ、乗りのいい音楽が微かに廊下に伝わって来た。

< ガチャッ >

ドアを開けると、中は既に、どこぞのクラブ並みの盛り上がりを見せており、煙草の煙で霞む室内には、大音量のダンス・ミュージックが響き渡っていた。
中にいたクルー達の多くはフィリピン人で、続いて日本人、他にヨーロピアンがちらほら、といった感じだった。ちなみに当時、 飛鳥の船員で人数的に最も多かったのはフィリピン人で、そのバーの中での国別の人数比は、あながち全船員の人数比の縮図と言えなくもなかった。
もっとも、ゲスト・リレーションやエンターテイメント等、接客部門のクルーに関しては、ほとんどが日本人やヨーロピアンだった為、 乗船客にしてみればそのような印象は無かったかも知れないが。。。

さて、席に着くと早速タダ酒をあおりながら、無礼講を楽しんだ。しばらくすると、酒の弱い平池くんは眠くなってきたらしく、 そそくさと先に部屋に帰って行った。残った高山さんと私は、近くで飲んでいたフィリピン人達に混じって賑やかに飲み続けた。
陽気な彼らにつられ、もともと酒好きの私は、赤・白両方のワインを次から次へと胃に流し込んでいった。 高山さんと私はそれぞれ離れた席で盛り上がっていたのだが、やがて彼女が私の近くにやって来た。

「今里さん、こっち座っていい?あのフィリピン人がしつこくて、疲れたわ。」

「え、そうなの?んじゃ、ここ来なよ。」

高山さんが私の隣の席に移動して間もなく、その「しつこい」フィリピン人も近くの席に移ってきて、また高山さんに色々と話しかけて来た。 別に嫌な奴というわけでもなく、女を口説いている男にありがちな滑稽さが憎めず、私としては時折二人の会話に割って入る程度で済ませていた。 しばらくワイワイやっているうちに、ふと高山さんが立ち上がって、私に言った。

「今里さん、やっぱり帰ろ。いい加減、うざいわ。」

「じゃ、そろそろ行きますか。」

席を立った私は、足元もややフラ付き、自分がかなり酔っ払っている事に改めて気付かされた。
ちなみに、このバーが位置するのは、 船体の中でも特に揺れの激しい船首の付近なのだった。船の揺れだか、酒酔いの揺れだか、正直よくわからなくなっていた。

フィリピン人達に適当に挨拶して席を立つと、高山さんを連れてバーを出た。廊下をよろよろと歩きながら、 彼女の部屋の前まで送ってから、自分の部屋に戻った。

はずだった。。。

(次のページに続く)


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