管理人の独創小説 「首長族の宴」

(1)きっかけ

1995年の春、ゴールデンウィークまであと2週間という頃、今里兄弟はひょんな事から、二人でタイ旅行に出かける事を決めた。きっかけは浩之の一言だった。

「きよ、タイまで、首長族、見に行かねぇ?」

TVを見ながら一緒に居間で飲んでいた最中での兄の突然の言葉に、一瞬キョトンとして固まってしまった清彦だったが、首長族の存在と、その民族がタイの国境付近にいるらしい事は知っていた。 唐突だとは思いながらも、「いつ?」と清彦が聞き返すと、浩之は返事もせずに突如立ち上がり、2階へと駆け上がって行った。そして1分も経たない内に居間に戻ってきた浩之は、 手にしていた数枚のA4サイズの紙を、掘りごたつの角卓の上に放りながら言った。

「ゴールデンウィークに決まってるだろ。」

清彦が即座に拒まず時期について聞いた時点で、もはや浩之は「見込みあり」と捉えたらしい。腰掛けるや否や、企画のプレゼンテーションよろしく、今回の旅の魅力について熱く語り始めた。 卓上に置かれた紙は、浩之が集めた、首長族をはじめタイの少数民族に関する資料だった。

実際のところ、ゴールデンウィークであれば、清彦にとっては都合が良かった。当時、工務店の工事現場監督を務めており、盆と正月、 現場によってはゴールデンウィークも現場全体が休みとなる事が多かったのだ。特に断る理由も見つからないまま、何より、浩之の「熱のある」話を聞いているうちに、徐々に興味も湧いてきて、 ものの一時間足らずで、結局、清彦は行く事を決めたのだった。

「でも、今からじゃ、ゴールデンウィークなんて、飛行機の席が取れないんじゃないの?」

「大丈夫だって。いい旅行会社、知ってるんだよ。」

何でも、新宿にある、社員が数人しかいない小さな旅行会社で、今まで何度か依頼した急な手配も全て、席を確保してくれたらしい。浩之はその会社、特に社長に対して、 絶大な信用を置いていたようだった。

「小さい会社だから社長さんが自ら動いて、出発日ギリギリまでがんばってくれるんだよ。この前の旅行なんか、出発4日前に取れたよ。そこに頼んでダメだったら、 他でも取れないから諦めようぜ。」

<今里さん、もう少し、もう少しだけお時間下さい!ガンバリますんで!!>

その社長さんの口癖らしい。

結局、出発予定日まで1週間を切った辺りだったろうか。その社長さんの尽力のおかげか、今回もなんとかその旅行会社で2人分の席が確保できた。 とはいうものの、この時点で手配したのは、成田~バンコク間の国際線のみだった。そもそもこの区間が取れなければ話が進まないという事で、タイ国内の移動日は後から決める事にしていた。 二人で計画を練りに練った結果、旅程が決まった。

成田からバンコク経由でプーケット(Phuket)に入って3泊、その後、首長族の村への玄関口となるメーホンソーン(Mae Hong son)という北部の小都市で3泊、 続いて同じく北部の大都市・チェンマイ(Chiang Mai)で2泊し、最後はやはりバンコク経由で帰路に就く、という全8泊9日の旅だ。内容的には、プーケットで海辺のリゾートを満喫した後、 北部へ飛び、メーホンソーンから首長族の村を、チェンマイからもう一つ何らかの少数民族の村を、それぞれ訪れるというものだった。

数日後、決めた旅程に合うようにタイ国内線の手配も終え、残るはホテルと、少数民族を訪れる為の現地ツアーの手配となった。ホテルに関しては、 プーケットとメーホンソーンでの最初の一泊ずつのみを日本で予約し、その他は現地で直接予約する事にした。 が、肝心な少数民族訪問のツアー手配が難航した。航空券を手配した旅行会社に聞いてみても、その手の情報は、既に浩之が入手した資料のレベルを超える事がなく、 日本から手配できるツアーの充分な情報が掴めなかった。

思えば1995年当時は、インターネットも一般的には普及しておらず、調べる手段も情報の量も現在とは雲泥の差だったのだ。浩之がやっとの思いで手に入れた数少ない資料によると、 首長族(正確にはカレン族という部族の一派らしい)はイモ虫等も食べるらしく、そんなものを食事に出されたら堪らないということで、事前にツアーそのものの詳細を把握しておきたかった。

只、中でも浩之が最も拘ったのは、訪問する少数民族が「本物」であるか否か、という点だった。浩之は少数民族の村を訪れる様々なトレッキングツアーについての情報を集める中で 、少数民族を装って観光収入を得ようとするツアーが少なくない、という情報を目にしていたからだった。ツアー企画会社と手を組んで、本来、少数民族に見られる文化や歴史もない普通の人々が、 「本物」であるかのように振舞う、いわゆる「なりすまし」ツアーが実際に、特にチェンマイにはあるようなのだった。そんな茶番劇に付き合うためにタイの奥地まで行くのは御免だと、 浩之はこの辺りのリアリティーに必要以上に拘るのだった。

その後も二人で色々と調べた結果、首長族に関しては、メーホンソーンにある「ジーンズ・ハウス(Jean’s House)」というゲストハウスのオーナーであるジーンさんという人が、 ガイドとして唯一、村に宿泊を許可されている人物らしい事がわかった。只、そのゲストハウスの情報にしても、 当時の「地球の歩き方」のページの片隅にクチコミ的な情報がほんの少しだけ掲載されていた以外はこれといった詳細情報もなく、結局、チェンマイからのツアーも含め、 現地で直接話を聞いて判断しよう、という事になった。

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